イミタチオ・クリスティ

村の小さな教会

3月27日(金):切羽(きりは)

 


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  勲一等 農務大臣 木村男爵

私が高校一年の頃、義兄が鉱山にいて坑内を案内してくれた。今の時代なら規制が厳しくて、子供が坑内に入るなど考えられないことであるが、何事も緩やかな時代であったようにおもう。その時、あいつがそう言われている男だと教えられた。

  食う一等 飲む大臣 木村だんじゃく

脚注:だんじゃく:この地方の方言で粗暴な者、横柄、我がままな者の意味する言葉:・・・・私はその木村男爵(だんじゃく者)の面体をしかと見届けなかったが、普通に見える男であったように記憶している。今の時代人間がみな小粒になったのか、かくも立派な尊称を持ち、揶揄される人もすくなくなった。坑道の切羽で働く男たちの面目躍如たるものがある。・・

切羽 切り端とも書くが、坑内の最先端で鉱石を掘削するところである。ヤマの男たちの戦場(いくさば)でもある。過酷で危険な仕事場なのである。15~6歳の私にとって「命懸けの過酷な現場」は衝撃的であった。・・・今、大相撲ををやっている。見方にによっては、あの相撲の丸い土俵も力士たちにとって切羽のようなものであるのかなと思ってしまう。八百長じみた無気力相撲もありそうな昨今、切羽の名が泣くが本来はそうしたものであろうとおもう。・・・横綱審議委員に、古舘某女というのがいる。悪いことに秋田の出らしい、その某女が女にも、土俵に上げろと、と言って大人たちを笑わせた。相撲協会が困惑したのは当然である。土俵というものが、そもそも神聖なものであり、女性がそこに立っていいものか、私には判断のしようがない。しかし、私に分かることが一つある。高校生の頃みた切羽は女性の立つことも、立ち入ることの出来る場所ではないということである。・・・昔、商社勤めをしていた頃に東北自動車道のトンネル工事に関わった。現場の切羽まで打ち合わせに行った。そこはやはり女人禁制であった。切羽の男たちはそこに女性が立つことを忌み嫌う。・・・・しかし、何事にも例外がある。禁制であるはずの切羽に、その昔婦人がいたのである。キリシタンである。九州地方からか、はたまた気まぐれな伊達政宗の犠牲になった者たちなのか、逃げ延びて、逃げ延びて、金山にたどり着いた。モーセも逃れの町をつくった。金山も不文律として、そこは治外法権である。一度そこに匿われた(かくまわれた)者には何人たりとも手出しができない。迫害を逃れてキリシタンは、キリシタンの夫婦は金山に逃げ込んだ。わずかな燈心が消えればそこは、漆黒の闇である。その坑道に十字架を刻んだ。自分たちの骨身も刻んで生きた。あの地獄のような切羽に主イエスの「恩寵」があったのか!!!

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