イミタチオ・クリスティ

村の小さな教会

4月14日(日):わずかなこと

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わずかなことがわれわれをなぐさめるのは

わずかなことがわれわれをなやますからである。(パスカル

チボー家の人々」という小説のなかに、「いのちに別条なければそれもよし」。という一節があったように記憶している。

1914年前後、フランスの学生や若者の間で流行していた言葉らしい。若者がその奔放さで、さも粋がって、いきがって語っていたのであろう。しかし、長い間私の心にも残っていたことばでもある。・・・・・

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第16代 アメリカ大統領 アブラハム・リンカーンが暗殺された後、その身に着けていた遺品の中に、新聞の切り抜き記事があったという。それは、リンカーンの政策を支持し、評価する内容のものであったという。・・・私はそれを知った時、ふ~と、人の心の弱さというものを垣間見たようなきがした。合衆国大統領ともあろう人が、一新聞社の、一記者の記した「記事」を後生大事に胸奥にしまっておかなければならないことなのか。「毀誉褒貶」は政治家の常、敵は百万たりとも我行かん。・・・あの偉大な大統領もそんな勇ましさだけではいられなかったのだろう。ふと、懐から、くだんの記事を取り出し、目を落としていたのであろうか。・・・・我らの尊敬するルター博士は、このところひどく悩んでいた。誰のめにもその苦悩が深いものであることが明らかだった。そんなある日、奥さんが喪服を着て入って来た。「誰か亡くなったのかね」。ルターが問いかけると、奥さんが応えた「そんなにも、あなたがおやつれになっておいでなので、きっと主がお亡くなりになったのだと・・・・」。ルターは、わたしがいつも妻に聖書を読むようにすすめても、なかなか読まないのだと、嘆いていたものであったが、しかし、さしものルターもこの度ばかりは(一本取られた)ようである。・・・・フランスの若者が「いのちに別条なければそれもよし」とうそぶいて、あらゆることを笑い飛ばしていたかというと、必ずしもそうではあるまい、そうでも言わなければならない、かなしさや、やりきれなさもまたあったことだろう。リンカーンは小さな記事によって慰められ、ルターは「主は生きておられる」という信仰の原点に立って、慰めをうけたのであろう。

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北帰行:気が付いたら、もう田圃に白鳥がいなくなっていた。

その翼広げて群れは、北の大地へ向かって、翔んでいった 長い旅だ 無事を祈る。

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