イミタチオ・クリスティ

村の小さな教会

8月16日(日):ルルドの泉 聖ベルナデッタ

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ベルナデッタ(1844年~1879年)南フランスのルルドで、聖母の出現を体験し、後にヌヴェールの愛徳女子修道院の修道女となる。ベルナデッタによって発見された泉によって、不治の病の治癒例が多く見られ、教会が公認しただけで68例にのぼり、ルルドカトリック教会の最大の巡礼地となった。・・・

☆・・・ベルナデッタは、非常に貧しい家庭に生まれたことを苦にしていませんでした。というのは、この家庭は非常にキリスト教的な家庭だったので、いつも自分の定めに満足していたからです(ベルナデッタの幼なじみの言葉)

☆・・・ベルナデッタの笑顔は、表現できないほど美しかったどんな画家も、どんな巧みな俳優でもその魅力と気品は表現できないだろう。(第13回目に(聖母)の出現に立ち会ったデジラ神父の言葉)

☆・・・この貧しい少女はしばしば日常のパンにも事欠きつつも

品位を保って、贈り物を断っていた。

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   ・・・ベルナデッタの残した言葉・・・

☆・・・自分のことなど、わたしにとってどうでもよいことです

☆・・・聖母がわたしをお選びになったのは、わたしが最も貧しく無知な者だったからです。

☆・・・わたしは何もしりません、何のとりえもありません。

☆・・・だめです、わたしは貧しいままでいたいから(新聞記者にパリに来れば金持ちになれると誘われたときの言葉)

      ・・・ルルドの泉の奇跡・・・

☆・・・カトリーヌ・ラピタというつわりのひどい妊娠九か月のひとがいた。以前、木から落ちて以来腕を脱臼し、長い間医者にかかったが治らなかった。加えて右手が曲がったままで動かなかった。しかし、

ルルドの泉に浸すと、陣痛もおさまり、腕も完全に癒された。

奇跡的に生まれて来た男の子は、やがて献身し、司祭となった。

こうした多くの「不思議」は、教会の正式な記録として、68例を数えているという。不治の病をいやされた人、目が見えるようになった人・・

それらは膨大な、記録として、医師、神父、によって残されている。もとより、ローマ教皇庁も公式に認めることとなった。

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この奇跡は今なお続いている。不思議なことに、ベルナデッタの

遺体は安置されているが、一切の保存処置がされなかったにもかかわらず、腐敗も、異臭もせず、1879年以来そのままの状態が続いている。幾度も医学的調査は行われているが、つい先ほど召された聖女の姿をそのまま保たれている。

もし、私たちが、ルルドを訪れると、写真そのままのベルナデッタを見ることが出来る。(上の写真は自分がネットから携帯カメラで転載したので、少し黄ばんで見えるが本来は真っ白な顔をしている)五十数年前、その噂をどこかで聞いて、図書館から「ルルドの泉」の本を借りてきた。ところが不幸なことに、2週間の期限がきて、読まずに返した。もし、読んでいたら私の何かが変わっていたかな?・・・・

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註:ベルナデッタについて、この小さなブログでは、説明できない膨大な資料が残されている。興味のある方は、「聖ベルナデッタ」で検索してみて下さい。