イミタチオ・クリスティ

村の小さな教会

11月23日(月):序文と絶筆 榎本保朗師

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旧約聖書一日一章」榎本保朗著。この書物を私は何十年来手放したことはない。常に聖書と共に私の傍らにあった。今は、羽鳥明師の詩篇の講解を、朝毎に読んでいるが。少々不満である。何故かというと、師はラジオ牧師をしており、その語るところは、平易ではあるが、未信者向けなのか

物足りなさを覚える。しかし、始めて間もないし、12月31日までの日課が示されているので、そこまでは読み通したい。・・・・・・

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      ☆        ☆         ☆

今日は何気なく榎本師の本を手にすると、序文が目についた。もとより以前に読んではいたのだが、「はじめに」と書かれた序文を紹介したい・・

・・・・はじめに・・・・

この本は専門的な註解書ではありません。また旧約の講解書でもありません。旧約聖書を一章ずつ読んで、そこから私が聴いたものをつづったものです。現実的には、毎朝の早天祈祷会で私が語ったものを文章にまとめたものです。今日、聖書についての学問が多岐にわたり、その研究は年と共に広められ、深められています。聖書が「すべて神の霊感を受けて書かれたもの」(Ⅱテモテ3;16)である以上、神の霊感を受けなければそれを正しく受け止めることはできません。しかし、聖書が「書かれたもの」である以上、それは一つの文書であり、理解されなければなりません。

何千年も前に、われわれとまったく異なった伝統と風土、思想と習慣のもとで書かれた文書を正しく理解するためには、その書かれた状況をできる限り詳しく知ることが大切です。ここに、ここに聖書に関する学問の研究が聖書を正しく理解していくために重要なゆえんがあると言えましょう。

このような学問的成果に余り期待せず、ただ神の示しによって聖書を理解していこうとすることは、独断に走り、強引な読み込みとなるおそれがあります。従来、こうしたカリスマ的理解が「霊的」と言われていた傾向がありますが、私はそのような立場を取りません。浅学ではありますが、出来るかぎり聖書の助けを受け、知的背景のもとでみ霊の示しを求めて、今、神が聖書のこのところを通して私に何を語っておられるかに耳を傾けていく、これを私は「聖書に聴く」と申していますが、私は今日このような心構えで聖書を読み聖書から聴いていこうという運動を主唱しており

(アシュラム運動)、その一つのサンプルとしてこれをまとめました・・

・・・中略・・・

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このようなことは聖書の「勝手解釈」にならないかと心配する人あります。確かに自由に聖書を読ませ、そこで感じた恵みを語り合うとき危険がないとは言えません。しかし、どんな試みにも危険はつきものであり、それを恐れていては何もできません。聖書を勝手解釈することも問題ですが、聖書を読まないことはそれ以上に問題ではないかと思います。ともすると聖書は日曜の礼拝の時だけ読むものという考えが蔓延している今日、何としても、聖書を神の言葉として日毎に読んでいく習慣をつけることは大切なことだと思います。現に、この集会に出て、自分で聖書を読んでみて、そこから神の言葉を聴き取った人たちは、そのことに非常な喜びを感じ、以来、毎日聖書を読み、み言葉の養いを受けるようになり、その結果自然に積極的姿勢で信仰生活することができるようになったと報告してくる人が多くあります。大げさに言えば、この本は自分で聖書を読んでいこうとする人たちに多少とも勇気を与え、示唆を与えることができればとの願いを込めて世に出たものであります。・・・・

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この本を利用される方はまず聖書を読み、ご自分でそこから神の語りかけを聴かれた後に、一人の信仰者が同じところからどのような神の言葉を聴いたかという観点で読んでいただきたいと思います。そのようにこの本を利用してくださるなら、ある時は同じ言葉を聴いた喜びに、またある時には、自分は違ったことを感じたという感謝に導かれることでしょう。・・

最後に、この本が世に出るためにご推薦下さった作家の三浦光世・綾子夫妻、また出版のためにたえず忍耐強く励まして下さり、忍耐強く待って下さった主婦の友社出版部の方々、テープから文章をまとめる奉仕をしてくださった松波閑子姉、馬杉一重姉、松本瑞江姉、、松平吉生・千鶴子兄姉、に心より感謝いたします。

            1977年7月12日

            アメリカ、ブラジル伝道に旅立つ日

                        榎本保朗

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三浦綾子が後日書いた本によれば、彼女はこの伝道旅行に反対だった。先生の体がもたない。中止するよう何度も要請したが、榎本師は気持ちを翻すことはなかったという。姑息な手段であるが、彼女は、友人に呼びかけて先生の旅費を誰も献金しない様に呼びかけたそうであるが、どこからか工面して出かけてしまった。多分、「特攻隊」のように片道切符だったろう。結果は、三浦綾子が心配してことが現実となった。機中で持病(肝臓)が悪化し、帰らぬ人となった。52歳の若さだったと記憶している。

・・・はじめに、と書かれたこの本の序文が師の絶筆となった・・・

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シキちゃんが泣きべそかいてるそうだね。憂いは喜びにまさる、もう一つ成長するよ・・・・