八十歳の老人が木を植えていた
「家を建てるならばまだいい、だが、あの年で木を植えるとは!」
そういったのは、三人の若者、近所の息子たち。
「きっと、もうろくしてるんだ・・・・・
神々の名にかけておたずねしますが、
あなたはそんなに骨折って、どんな木の実を収穫するつもりなんです。
聖書に見える族長とおなじくらい長生きしなけりゃならないでしょうよ。
あなたにあたえられていない未来のことを考えて
あくせくしてもなにになります。
これからはただ過去のあやまちだけを考えなさい。
遠い希望や大きな計画は捨てるのです。
そういうことはみんな、ぼくらだけにふさわしいこと。」
「おまえたちにだってふさわしいとはいえまい」
と老人は言い返した。「すべての人間の事業は、
実を結ぶまでに時間がかかり、長くはつづかないもの。
蒼白い宿命の女神の手はおまえたちのいのちも
わたしのいのちも、同じようにもてあそぶ。
わしらの限られた生涯はいずれにしても短いもの。
ここにいるだれが大空に輝く光をいちばんおそくまで
楽しむことになるやら。
たった一秒でもおまえたちに保証できる時があるのか。
わしの曾孫たちはわしのおかげでこの木の木陰で休めるだろう。
おまえたちは賢い人間にやめさせるつもりなのかい、
ほかの者のために心配してやるのを?
こういうことはそれ自体、現在わしが味わっている甘い果実なのだ。
それをわしは楽しむことができる、あすも、そして、さらに幾日かのあいだ。
それに、わしはいくたびかの日の出を仰ぐことになるやもしれぬ。
おまえたちの墓のほとりで。」
老人は正しかった。三人の若者のひとりは
アメリカに行こうとして、港を出るとすぐに溺れて死に、
もうひとりは、高い地位にのぼるために、
軍人として国家につかえ、
思いがけない弾丸にあたっていのちを奪われることになり、
三人目は、自分で接ぎ木しようとした
木から落ちて死に、
老人は彼らを悼んで、墓石に刻んだ、
わたしがここで語ったことを。