イミタチオ・クリスティ

村の小さな教会

8月19日(木):ドレフュス事件とゾラ

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1894年のある日、フランスの軍事スパイは、パリのドイツ大使館で重大な発見をした。 「フランス陸軍の砲兵隊に関する秘密が洩らされております」。 この報告を受けたフランスの陸相参謀総長は、直ちに厳しく取り調べることを命じ、やがて一人の有力な容疑者が捜査線上に浮かび上がらせた。 その名は、参謀本部勤務陸軍砲兵大尉、アルフレッド・ドレフュスという。 何故彼が疑われたか。 第一に、彼はユダヤ人であること。 第二にドイツ大使館で発見された文書の筆跡が、似ている事。 第三に、彼の勤務先が参謀本部だから、秘密を手に入れやすいということ。 ・・・・・・

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このような理由で、ドレフュス大尉は軍法会議に引き出されたが、彼自身は無実を主張した。 「私はユダヤ人ではあるが、フランス国旗と光輝ある陸軍に忠誠を誓った軍人であります。その誓に背いて、国家を売り渡すようなことは決してしておりません。 私は神に懸けて、自分の無実を主張します」だが、判決は有罪であった。

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「陸軍砲兵大尉アルフレッド・ドレフュスを軍籍より除き、いっさいの位階勲章を剥奪、終身禁固に処す」

この判決によって、彼はギァナ沖の悪魔島の牢獄へ入れられることになった。 十分な証拠があったわけではない。 ただ軍の名誉を汚さないために、彼が犠牲にされたのである。 何よりも彼がユダヤ人であったことが不利であった。 裁判官さえもが、ユダヤ人ならどんな破廉恥なことでもやりかねないと思い込んでいたからである。 ・・・・・・・

しかし、このドレフュス事件の黒い重い霧が晴れる兆しが見え始めた。 裁判の二年後、情報局長のピカール中佐が真犯人を見つけ出したのである。 彼は直ちにそれを上官に申し出たが、意外なことに、全く取りあげてもらえなかった。 そこで、彼はドレフュスを救うためにだいだい的に運動を始め、多くの文化人たちが盛んに支持した。 しかし、軍の主だった人たちは

ユダヤ人に対する偏見と事件を闇から闇へと葬り去ろうとしたのである。

真犯人には無罪を言い渡し、ピカール中佐ををアフリカに追いやり、事件を終結しようとした。 ・・・・・

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これを知った作家エミール・ゾラはペンをとって立ち上がった。 1898年、彼は「わたしは訴える」と題して、新聞紙上に一文をのせた。

「軍服を着て軍刀を吊った人間が、国家のためといって、国民の口を軍靴でふさぎ、正義と真理の叫びをおし殺そうとしている。しかし、真理は歩みつつある。 真理を遮ることは、いかなる力をもってしても不可能であろう」。 この論文はフランス全土にショッキングな反響を呼び起こした。 しかし、いつの世もたいていの人々は権力に弱い、また、隠された真実を見極める力に欠ける。 一般の群衆は軍の宣伝に乗せられてしまった。 新聞も時の動きに流されて、ゾラを「売国奴」「ドイツのスパイ」などとかきたてたから、ゾラは自分の家に石をぶつけられるほどの迫害を受けた。 それでも、彼は一歩も退こうとしなかった。 「ユダヤ人なるがゆえに無実の罪を着せられるとは、何と恐ろしいことか、ドレフュス大尉は、今や罪なき罪に泣いている。彼を助けるのは、同じ人間として我々の義務である」

ゾラの決意が強くなるにつれて迫害も激しくなり、ついには、「陸軍の名誉と威信を事実無根の主張により傷つけた」。 という理由でゾラは法廷で裁かれる身となってしまった。

「あいつはユダヤ人の手先だ」

「あいつが、ドレフュスのようなスパイをかばうのは、金でも貰っているのではないか」などという非難やののしり言葉を雨のように浴びながら、ゾラは少しもひるまず戦い続けた。

「被告エミール・ゾラを禁固一か年の刑に処し、罰金三千フランを課す」ゾラはこの判決に服せず、その夜ひそかにイギリスへ渡り、こんどはイギリスから世界には働きかけた。

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青年よ、常に正義と共にあれ。 もしも正義の観念が、きみたちのうちでうすれるようなことがあれば、君たちはあらゆる危険に陥るだろう。  ・・もしどこかに、憎悪のもとに屈服しかけている正しい人がいれば、彼の立場をかばい、彼を救いだすという、この義侠心に富んだ夢を何故君たちは抱かないのか。」

ゾラによる正義への戦いは、4年後、ドレフュスの無罪釈放となって報いられたが、この事件に含まれる意味はまことに大きい。 ・裁判に登場した人物は、確かにドレフュス一人にすぎないけれど、この場合、決して彼一人ではなかった。 彼はユダヤ民族とユダヤ文化の全体を代表する人物だったからである。 ・

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 このドレフュス事件は、大仏次郎がノンフクションの作品として書いてある。実に永寧に調べ、いい作品になっている。