時は第一次大戦末期。ドイツは苦戦を強いられていた。ドイツの最終的敗戦は明らかになりつつある頃に、中央政府に、様々な内乱が勃発し、ついに革命政権が誕生することになった。その革命政権は、連合国側の無条件降伏を受諾し、第一次大戦は終了することになった。この敗戦は軍部にとって、不本意なものであった。彼らは、国境線において、それを死守しており、「一センチたりとも、連合国側に
侵されていなかった」。にもかかわらず、革命政権が、敗戦を認めてしまったのには、ある種の陰謀があったと考えるようになった。革命政権の樹立を、陰で支えたのが、ユダヤ人、コミニュスト共産主義者たちであるとの、噂が巷に広がった。確かに、ドイツ国内は食料難や、長引く戦争への厭戦気分があった。そうした状況の中で、国境を護り続けていた軍部にとって、革命政権の、無条件降伏は、到底受け入れられるものではなかった。軍部は、まさに、背後から裏切られたのである。これを「背後の一突き」として、軍部の中に怨念として残った。革命政権側は、これ以上の戦争継続は不可能と判断し、軍部にすれば、まだまだ、戦えると言う思いが強かったであろう。特に問題になったのは、革命政権を画策したのが、ユダヤ、コミュニスト、として責任転嫁した。これらのことが戦後、ドイツ国内で流布され、反ユダヤ、反コミュニズム、が広がることになった。・・・・・・・
それに乗じたのが、ヒトラーであった。彼は、「負けてもいない戦争」を、負けたことにされた、この「背後の一突き」を強くドイツ国民に訴え続け、支持を広げていった。あの。「ホローコスト」と言われる、ユダヤ人虐殺の原点は、ドイツの中で根付いてことによると思われる。ドイツの将校、特にユンカーと言われる、いわゆる貴族階級の、「騎士」たちも、なぜも易々と、ヒトラーの口車に乗ったのか、あるいは、その、ジェノサイドを傍観していたのか、如何に、「背後の一突き」伝説が、彼らの思いを惑わしていたのか、はかり知れないものがある。
