ガラテヤの人々のもとに、パウロは本物の使徒ではないから、彼が述べ伝えねばならないと言っている教えを聞く必要はないと、吹聴する人々が来ていた。彼らは初めから12使徒の一員ではなかったという事実に基づいて、パウロを見くびっていた。実際パウロは教会のあらゆる迫害者たちの中で最も狂暴であったし、いわば教会の指導者たちからは公的な任命を得ていなかった。これに対するパウロの返答は、議論ではなかった。彼には確かな証明あった。ダマスコ途上での経験、彼はその時、イエス・キリストに相まみえ、直接の御声を聴いた。これがパウロの絶対的確信であった。(この事件は、キリスト教会においていわゆる回心の典型的事例であったことは否めない。使徒行伝において、ルカは、9章、22章、26章において繰り返し、繰り返し、記述していることからも、わかるように、いかにこのパウロの体験が重要な出来事であるかが察しられる。因みに、ルターの場合もその回心「方向転換」が、パウロの出来事とよく似ている。ルターは、ある嵐の夜、激しい豪雨の中、突然の雷に打たれ、九死に一生を得た、その時、ルターは、これまで父親が敷いてくれていた栄達の道を捨て、そのまま修道院に駆け込み、アウグスチヌス修道院へ、入り、修道士となった。)・・・・・
その後、ルターにとって、このガラテヤ書は、「特愛」の書となった。ルターをして「私はこの書と結婚した」とまで言わしめた。また、「宗教改革の行進曲」とまで言われるのが、ガラテヤ書である。ガラテヤ書なくして、宗教改革はあり得なかった、さて、脇道にそれてしまったが、パウロにとっても、その多くの手紙の中で、特に重要なのがこの書であろう。ガラテヤの諸教会は、その多くはパウロが設立したものであった。そこへ、エルサレムからユダヤ教の枠から抜け出していない者たちが、やってきて、パウロの教えを覆そうとした。ガラテヤには異邦人信徒がいたが、彼らに、割礼や律法を護るように、教えはじめ、パウロという人物は使徒ではないので、何の権威もない者である、と説いたのである。そしてそれに染まる人々が現れ始めた時、パウロの驚きは尋常ではなかった。そして、ガラテヤの、手塩にかけて育てたあろう信徒が、違った方向へ向き始めた様子に驚いたパウロが書き送ったのがこの書である。それは以下の手紙の内容が語っている。・・・・・・・・・
『ああ、愚かなガラテヤ人。十字架につけられたイエス・キリストが、あなたがたの目の前に、あんなにもはっきり示されたのに、誰があなた方を迷わせたのですか。ただこれだけはあなたがたから聞いておきたい。あなた方は御霊を受けたのは、律法を行ったからですか。それとも信仰をもって聞いたからですか。あなた方は、どこまで道理がわからないのですか。御霊で始まったあなた方が、いま肉によって完成されるというのですか。あなたがたがあれほどの経験をしたのは、無駄だったのでしようか。万が一にもそんなことはないでしょうが。(ガラテヤ書3章1節~4節)。

