イミタチオ・クリスティ

村の小さな教会

4月18日(金):カンシャク玉 (深代惇郎)

先日、NHKの大河ドラマを「勝海舟」を見ていたら、咸臨丸の巻をやっていた。380トンの機帆船「咸臨丸」がアメリカに渡る場面だが、日本人がカッコよすぎる感じがした。大河ドラマが劇中のヒーローに味つけすることに目クジラ立てるつもりはないのだが、史実と離れて「日本万歳」の調子が高すぎるのである。当時、咸臨丸には、ブルック大尉らアメリカの将校、水兵11人が同乗していた。このドラマでは、彼らが日本人を助けようとすると、少しでも手を借りたら日本の誇りを傷つけると息まく場面があったりする。暴風雨の中で、日本人乗組員だけがりりしく動き回っている。最後には日米の対立は解け、両者が力を合わせてサンフランシスコに着くという、ほんのつけたしの説明があることはある。この辺の事情に詳しい二人の学者に聞くと、「史実と大分違いますね」と言う意見だった。ブルック大尉の「咸臨丸日記」は、戦後出版された。それによると、船が外洋に出ると日本人は全員船酔いになり、最初の間船を動かしたのはアメリカ人たちだった。ブルックは誠実な男だったらしく、勝の人柄をほめ、冷静で克明な日記をつけているが、それでも時々カンシャク玉を破裂させている。「日本人は全く我々に頼り切っているようだ、」「秩序とか規律とかいうものは全く見られない」「勝麟太郎は航海中ほとんど船酔いをしていた」と手厳しい。

それと対照的なのは、日本人側の回顧だ。従僕として乗った福沢諭吉は「少しも他人の手を借りず、これだけは日本国の名誉として世界に誇るに足る」と、その自伝では威勢がよい。勝の「氷川清話」でも「日本人が独りで来たのは初めてだと言って、」「亜米利加の貴神らも大層誉めてくれたヨ」。そういいたかったのが、若い日本の気負いだったのは分かるが、百十余年後の今日、NHKは咸臨丸の連中と同じ気分でドラマを作っているらしい。(昭和49年6月29日:天声人語)。

この人の、書いたものを何度も取り上げていうが、文章のうまさと同時に、その卓越した物事に対する洞察力には、敬服させられる。そして、誰かが書いていたが、新しい知識が含まれていると。こうした、軽妙洒脱な文章は、読む人をほっこりさせる。・・・このところずっと、                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                   雨ばかり、五月晴れは、いつ来るのだろう。もう、去年の今頃は、拡張工事にかかっていたのに・・・・・