イミタチオ・クリスティ

村の小さな教会

5月3日(土):聖霊の働き (1)

 



 

聖霊は人に罪を悟らせる

ユダヤ人はイエスを十字架につけたとき、罪を犯しているとは夢にも思わなかった。彼らは神に仕えていると信じていた。しかし、後に、十字架の物語が語られたとき、彼らの心は刺された。(使途2:37)この物語が伝えられたとき、彼らは突然恐ろしい罪を宣告された。十字架は歴史における最大の罪悪であり、彼らの罪がその原因であったという宣告である。人に罪を意識させるものは何か。十字架のもとに身を低くさせるものは何か、次のような話がある。インドのある村で一人の宣教師が村人の家のしっくい壁に幻灯スライドを映してキリストの話をしていた。十字架の場面が映し出された時であった。一人のインド人がそうせざるを得ないと言うふうに前へ歩み出て「降りてください、あなたではなく、私がそこへ架けられなければならないのです」と叫んだという。わたしたちは罪の意識なくしては、自分が救い主を必要としているかわからない。二千年も前のパレスチナにおいて、犯罪者として十字架につけられた一人の人の姿が、なぜ、幾世紀もの間、そして今日でさえ人々の心を騒がせるのであろうか。それは、聖霊の働きである。人が罪を悟るのは、聖霊がその人の心に働きかけるからである。