イミタチオ・クリスティ

村の小さな教会

6月29日(日):行うにおいて思慮深くあるべきこと

1:どんな言葉やそそのかしも信じてはならず、注意深く気を長くして、神に従って気を長くして、物事を考慮すべきである。だが、悲しいことに、他人については善いことよりも悪いことが、よく信じられ、言われがちである。それほど私たちは無力な者なのだ。しかし、完全な人というのは、話し手の言うことを何でもすぐに信じはしない。なぜならば、悪に陥り安く、言うこと誤りがちな、人間の弱さを、彼等はよく知っているからである。・・・・・・

2:行為に対して性急でなく、自分の意見を執拗に主張しないのは、たいへん賢いことである。どんな人の言葉でも信じたり、聞いたことや信じたことをすぐ他人の耳に流し込んだりしないのもこの賢さにかかわっている。賢い良心的な人に相談するがよい。そして、あなたの思いつきに従うよりも、より優れた人の教えを求めなさい。善い生活は、人を神に従う賢い者とし、多くのことに通暁した者とする。人は身をへりくだって、神の御旨に従えば従うほどに、ますます万事において賢く、安らぎを得た者となる

(イミタチオ・クリステイ:第一巻5章)・・・・・・・・

今日の礼拝は、ビクター兄弟、およびペテロちゃん、合同で礼拝、お昼は冷やし中華

おむすび、以前のように、豪華な(?)な食事はちえ子も作れなくなった。徳子さん3週間ばかり礼拝に顔を出していない。午前中少しアルバイトをすると言っていたが、あの子は多分務まらないかもしれない。そもそも、これまで働いたことがない、たとえバイトとは言っても、今に時代生やさしいことではない。ご主人の務さん、昔は自衛隊で大尉殿であったが、55歳で定年、その後民間会社に勤めるが、収入は三分の一以下になったはず、いろいろな点で、厳しい状況にあることには変わりはない。祈りましょう。・・・・・・

ショパン