
幸せな4人家族がありました。ご主人は国立大学病院に勤める内科医で、経済的にも恵まれ、二人の娘は明るく、美しく、それは傍目で見てもうらやましがられるような家族でした。しかし、突然、幸せの歯車狂いはじめました。それは、ある日の夕方、ご主人が突然、うら若い女性を連れて帰って来たのです。それから、一夫二妻が公然と始まりました。やがて第二の奥さんに男の子が生まれました。そんな考えられない状況の中で、奥さんは神経がおかしくなり、遂に娘達を連れて実家へ引きあげたのでした。下の娘さんは秀才で、学校の成績も飛び抜けていました。それだけにとても繊細な一面がありました。彼女に取って、父親の一件はあまりにも大きいショックでした。【大好きだったお父さんに裏切られ、お母さんが頭がおかしくなっていく。そして自分も学校を止めて、田舎へ帰らなければならない」・・・・・・彼女、数年後すっかりおかしくなっていく。そして自己破壊と病気が合わさるようにして、この世を去っていったのです。この後、奥さんと娘さんは、ただただ、別れたご主人と女に対する恨みだけに支えられるように生きていました。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
ところが近所に、クリスチャンの婦人が住んでいました。深く同情したその婦人は、毎週一度牧師を招いて行う家庭集会に二人を誘いました。その集会で耳にした言葉は【汝の敵を愛せよ」でした。しかし、そのことばは、なんとも情け無い気持ちにさせました。「なんと生ぬるい言葉だろう。キリストという人は、人生の苦悩を何も知らない、青年宗教家であったのか。何という無責任なきれいごとだろう。」二人は腹立ちを覚えつつ、逃げ出すように帰ったのでした。・・・・・・・
ところがその後も、優しく熱心に誘ってくださるかたがあって、二人は聖書を読み、集会へも足を運ぶようになりました。やがて奥さんと娘さんに、【汝の敵を愛せよ」と語るイエス・キリストの生涯がだんだん分かって来ました。
まぶねのなかに うぶごえあげ
木工家に ひととなり
貧しきうれい 生くるなやみ
つぶさになめし この人を見よ
【汝の敵を愛せよ】・・・それは口先だけの教えではない。それはイエス・キリストが生き抜いたI命そのものだ。徹底した愛に生きたキリスト。しかも理由なく十字架に釘付けにして殺そうとした人のために、あの苦悩の十字架の上から、張り裂けるように大声で祈られたのでした。「父よ、彼らをお赦しください。彼らは、何をしているのか自分で分からないのです」。・・・・・・・・・・・・・・・・
やがて、奥さんと娘さんは、涙ながらにキリストを神の子、救い主と信じたのでした。考えられないことが二人の心に起ってきました。憎しみが薄れて、かえって憐れみさえ覚えるようになってきたのです二人は過去から解放されました。心の自由を得ました。そして、奥さんと娘さんは自分を取戻し、新しい人生に向かって踏出したのでした。・・・・・・・・・岸義紘(あなたと考える愛というテーマ。より、抜粋。

この出来事は、岸先生はあ第三者として書いておられるが、実際には、ご自身の家庭環境と元にしておられる。