・・・千鳥と遊ぶ智恵子・・・ 高村 光太郎
人っ子ひとり居ない九十九里の砂濱の
砂にすわって智恵子は遊ぶ。
無数の友だちが智恵子の名を呼ぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちいー
砂に小さな足あとつけて
千鳥が智恵子に寄って來る。
口の中でいつも何か言ってる智恵子が
両手をあげてよびかえす。
ちい、ちい、ちい、
両手の貝を千鳥がねだる。
智恵子はそれをばらばら投げる。
群れ立つ千鳥が智恵子をよぶ。
ちい、ちい、ちい、ちい、ちい、
人間商売さらりとやめて、
もう天然の向こうへ行ってしまった智恵子の
うしろ姿がぽつんと見える。
二丁離れた防風林の夕日の中で
松の花粉をあびながら
わたしはいつまでも立ち盡す。
昔、九十九里浜を通り秋田へ帰ったことがあった。随分広く長い砂濱だったような気がする。光太郎の愛妻智恵子、精神を病んでいた。