最高の権威をもった手紙
異口同音に言われていることであるが、エペソ人への手紙は、キリスト教会の信仰的及び神学的文学の中で非常に高く評価されている。エペソ人への手紙は、これまで「手紙の女王」と呼ばれてきたが、まさしくその通りである。実に多くの人がエペソ人への手紙は、新約聖書思想の中で最高点に到達したものであると主張している。ジョン・ノックスが危篤に陥って、まさに臨終が迫っていたいた時、彼のために最も頻繁に読まれた書物は、ジョン・カルバンの「エペソ人への手紙による説教」であった。優れた詩人であり、哲学者であったコールリッチは、エペソ人への手紙を「人間の書いた最も神聖な文学作品」と呼んでいる。彼はさらに言葉を続けて述べている。「それは、まずキリスト教独自の教理を奉じ、さらに自然宗教の中にある同様な教えの分野に至っている」。エペソ人への手紙は、明らかにパウロ書簡中、独自の位置を占めるべき手紙である。・・・
しかもそうであるとは言いながら、エペソ人への手紙に関するいくつかの非常に具体的な問題が提示されている。そして、それらの問題は単に極端な批評学的学者たちの思考の産物ではなく、問題を目にする人すべてに明瞭なものである。しかしまた、それらの問題が解決されるとき、エペソ人への手紙はさらに一層すぐれた手紙となり、さらに一層輝かしい光に照り輝き、しかも、さらに多大な重要性を帯びてくるのである。(W・バークレー)。・・・・・・・
昨日は、私の81歳の誕生日、前日、ちえ子と二人で大舘の焼き肉店で、ささやかな、お祝いをした。いつかも書いたが、長年ひいきにしてきたラフィーネが廃業し、こうしたお店が少なくなった、かろうじて営業している店も、どことなく活気がない。隣の市の「南大門」は、営業しているが、先日、行ったら、生憎、定休日。また、FBでは、お祝いのメッセージを沢山いただいた、しかし、それらに、お礼のメッセージを送るのも難儀なことで、結局、一日かかりきりになってしまった。2年前、現役でFBをやっていたときは、友達役260人、大変なメッセージが届いたが、今回は3分の1くらいかな。ほんとのところ、煩わしいという思いもあるが、案外、付き合い、と割り切っていかねばならない。話は変わるが、この頃と言っても大分前からだが、「味覚」が落ちてきたのかなと感じる。食事、何を食べても、あぁ~、美味しいなと思うことが少なくなってきている。
