イミタチオ・クリスティ

村の小さな教会

1月9日(日):ピレモンへの手紙

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パウロの牧会書簡といわれるものの最後に小さな私信がある。かつて、パウロを通して救いに与ったピレモンという人への個人的手紙である。ここでパウロは信じられないほどの低姿勢である。大方の手紙は、使徒パウロとその権威を打ち出すのだが、特にガラテヤ書においては、のっけから、「使徒となったパウロ」とほぼ喧嘩腰であるのに、この手紙ではひどくやわらかである。1節~7節までは、挨拶文だが随分、ピレモンを持ち上げている。いわば、歯の浮くような語り口である。それもそのはず、パウロは重大な頼みごとをかつての同労者にしなければならなかったからである。それは、8節から19節まで記されているように、逃亡奴隷「オネシモ」に関する頼み事である。オネシモは、以前ピレモンの奴隷であったっが、主人に損害を与え、逃亡し、どういう経緯かパウロと出会いキリスト者になった。多分、その回心がほんものであったがゆえに、パウロをして、「獄中で生んだわが子オネシモ」言わしめたのであろう。当時の世相として、逃亡奴隷が捕縛された場合、ほとんど命の保証は得られない。主人は奴隷にたいしては、「生殺与奪」の権利を持っていた。当時の社会は奴隷を使役することで成り立っていたし、ローマ帝国全体で、六千万人の奴隷がいたと言われている。その奴隷たちが反乱を起こすことに帝国は細心の注意をはらっていたことは当然である。反抗的な奴隷は即刻殺された。・・・・・・

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そんな社会状況の中で、パウロははたして、オネシモをピレモンへ送り返すのに、不安であったことは容易に察せられる。この書簡にはそうしたパウロの心情がにじみ出ている。「むしろ愛によって、あなたにお願いしたいと思います。年老いて、今はまたキリスト・イエスの囚人となっているパウロ」(9節)と書いている。半面、さりげなく、「私は、あなたのなすべきことを、キリストにあって少しもはばからず命じることができるのですが」とことわりがきも記している。使徒パウロとして、あなた命じることもできるのだが、ここは、年老いて、囚人の身である私に免じて願いを聞き届けて欲しいと懇願しているのである。実にパウロという人は、見事な説得をしている。硬軟入り混じった、如才のない、パウロという使徒の面目躍如というところである。・・・・

『そうです。兄弟よ。私は主にあって、あなたから益を受けたいのです。私の心をキリストにあって、元気づけてください』(私はあなたに貸しがある、それを今返してほしいのです)と言っているようである。

『それにまた、私の宿を用意もしておいてください。あなたがたの祈りによって、私もあなたがたのところへ行けるものと思っています』。囚人のパウロが、ピレモンのところへ出かけられるはずがないのに、敢えて、この一行を付け加えているのは何故か。

それは、パウロのピレモンに対する、「ダメ押し」とも考えられる。あなたのもとに返したオネシモがどのように扱われた確認に行くよ。あなたがオネシモに罰をあたえたなら、私がそちらへ行って、あなたを罰する。・・・・・・・・・

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この小さな書簡から50年後。「神を宿す者」と言われた、アンテオケのイグナチウスが、ローマへ曳かれていく途中、そしてその殉教の途上で、七通の書簡を書き表しているが、その中に「エペソの高名な監督オネシモ」という名前があるという。オネシモは50年後そういう者になっていたのだろう。また、パウロの書簡集を編纂したのも彼だと言われている。彼は、かつて自分が逃亡奴隷であったことを隠しもせず。この貴重な手紙を「聖書」の中に残した。

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