・・・・・・・島崎藤村の初恋・・・・・・・
Ⅰ
まだあげ初めし前髪の
林檎のもとに見えしとき
前にさしたる花櫛の
花ある君と思ひけり
Ⅱ
やさしく白き手をのべて
林檎をわれにあたへしは
薄紅の秋の実に
人こひ初めしはじめなり
Ⅲ
わがこころなきためいきの
その髪の毛にかかるとき
たのしき恋の盃を
君が情けに酌みしかな
ⅳ
林檎畑の樹の下に
おのずからなる細道は
誰が踏み初めしかたみぞと
問ひたまふこそこひしけれ
☆ ☆ ☆
昔、働いていた職場に、九州から来ている人たちがいて、彼らは林檎の木に実がなっている光景が見たいと言った。そう~
お出でよ、案内してあげる。と答えたのを記憶しているが、もう50年以上も昔の話だがその約束は果たされていない。でも、あの九州の人達はとっくに林檎の樹を見たことだろう。
・・・・この世の中で最も美しいものは何か?。私の見た限り、秋の日を浴びてたわわに実をつけている林檎の樹であった。その美しさはたとえようがなかった。
・・・・・エデンの園の中央にある樹・・・・・
女・エバがその木を見ると、「その木は、まことに食べるのに良く、目に慕わしく、賢くするという木はいかにも好ましかった」・・・・・・
私は、その木をエデンではなく、青森県黒石市のリンゴ畑でみ見たが、その時、思った。狡猾なものにそそのかされたとはいえ、女エバががおもわず手をのばしてその実を取って食べ、男、アダムも食べた。エデンの園の実はそれほど麗しかったのであろう。・・・・・・・・・
この藤村の初恋という詩は、学校の教科書にも載っていた。(ただし、三はカットされていた。)それを今に至るまで、暗唱していたのだが、学校では、三の章句は教えてくれなかった。どこか雅歌的であり、誰かがこれは大人の恋物語だと、解説していた。藤村は若い頃、キリスト教の洗礼を受けており、この詩を作るとき、彼の脳裏の中にエデンの物語が想起されていなかっただろうか。この詩は読めば読むほど、アダムとエバの恋物語が浮かんでくる。・・・・・・