イミタチオ・クリスティ

村の小さな教会

5月26日(火):神が恥とされないキリスト者

午後、古い資料を整理していたら、川上江弥牧師が以前イミタチオ・クリステイに書いて下さった「巻頭言」があった。12年以上前のものであるが懐かしさがこみ上げてきた。不思議なもので、居間へ帰ると、先生の娘さんから電話がかかってきていた。岐阜県木曽川で、牧師牧師夫人になっている。・・・・・

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・・・・巻頭言「神が恥とされないキリスト者」・・・・

「光陰矢の如し」と言いますが、故郷の津軽を離れて早44年が過ぎました。私は津軽生まれ、津軽で育った津軽人、約2年前に召天した妻も私と同郷の出身でした。その妻の妹が三浦ちえ子さん。三浦さんご夫妻とは今でも私が帰省する度にお世話になっている親しい間柄です。元来、文章を書くのが苦手の上、遠くに住んでいる私がこのような証集の巻頭言を書くのは相応しくないと思ったのですが、三浦さんからのご依頼であれば、お断りするのも水臭くて失礼かな、と思い、あえてお引き受けした次第です。・・・・・

「故郷は遠くにありて想うもの」という言葉のとおり、故郷は遠く離れているほど何十年たっても懐かしいものです。あの啄木の歌、「かにかくに 渋民村は恋しかり おもいでの山 お

もいでの川」は、そのまま私の故郷に対する想いでもあります

・・・望郷の念の強さで言えば、亡き妻も私に負けず劣らずでした。海外旅行よりも何よりも、「津軽へ帰ろう」とよく言ったものです。病床にあって呼吸が苦しい時でも、「早春賦」ををよく口ずさんでいました。「春は名のみの 風の寒さや 谷のうぐいす 歌は思えど・・・」のあの歌詞が、かつての故郷での生活の何かと重なっていたのでしょう。しかしその妻も、もう一度退院して故郷に帰りたいという願いも叶えられず、

それこそ春は名のみの3月に、永遠の故郷、天国へ帰って行きました。天国以上に素晴らしい所はないことは百も承知の上ながら、その時の妻の心情を思うと今なお悲しみがこみ上げてきます。・・・・・・

そのような者でありますが、近頃一つだけ心に強く示されている聖句があります。それはへブル書11章16節です。「しかし、事実、彼らは、さらにすぐれた故郷、すなわち天の故郷にあこがれていたのです。それゆえ、神は彼らの神と呼ばれることを恥とはなさいませんでした。事実、神は彼らのために都を用意しておられました」・・・・・

神が恥とされないキリスト者、それは「天の故郷にあこがれて」いる者であるということです。以来、肉の故郷を慕うのは悪くないとしても、それよりも遥かに「天の故郷」にあこがれる者にならねば、と強く願わされる日々となりました。

お互いに天の故郷への憧憬を抱きつつも、地上での「走るべき道のり」を最後まで走り抜きましょう。その力を主が皆様にお与え下さいますように。岐阜キリスト教会前牧師 川村江弥。

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・・・註:5月1日付 当ブログにおいて、川村夫人の事について少しだけ触れております。・・・また、川村牧師の実家は元々「庄屋」さんの家柄で、その地に土蔵を幾つもある家に生まれましたが、没落の憂き目に合う羽目になりましたが、岐阜へ移り、岐阜教会を建てあげました。

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