イミタチオ・クリスティ

村の小さな教会

5月25日(火):奇妙な癖のある犬

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会社の事務所に入ると、犬のなき声がした。犬が事務所の中を走り回っているのである。

「何、これ!」と私が訪ねると、京子という事務員が答えた。

「捨て犬らしいの、私、拾ってきたんだけど、飼えないし誰かに飼ってもらおうと連れてきたの」

所長も補佐も、特段咎める様子もなく、犬はなすがままに事務所内を走り回っていた。

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「おいで」と私が声をかけると、かがんで手を伸べた私の手をペロ、ペロと舐め始めた。

「あらぁ、三島さんにすぐになついた。お願い、三島さん貰って頂けないかしら?」。京子はすかさず言った。どうやら、彼女は最初からそれを目論んでいたようすであった。

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割とこぎれいな、中型犬より少し小柄な柴犬に似た雑種であった。捨て犬には見えなかった。そう京子に言われると断りようがなかった。そんなことで犬が一匹我が家にやってきた。犬を飼うのは初めてではない。というより何時もわが家には犬がいたが、たまたま、その時期はいなかったので、もらい受けただけであった。

「三日飼えば恩を忘れぬ」と言われるようにすぐに我家にとけこんだ。田舎のことで放し飼いにしても、何処からも苦情はこなかった、犬を飼うときは何時もそうだ、鎖をつけてつないでおくことはほとんどしない。奴らは自由に野山を駆け巡るのが商売なのだ。しつけもしない。私の言葉は、二つ、「行け」と「来い」だけである。「行け」は両手のひらを左右に振る。すると奴は立ち去る。「来い」は、手招きを加える。遊んでいる最中でもすぐに帰ってくる。渋々帰ってくることもある。不機嫌な顔をして

ノロノロと帰ってくる。

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しばらくして、会社の事務員たちが、聞いた。

「三島さん、ワンちゃんの名前つけた?」

「うん、つけた。キコだよ」

女子事務員の間に一斉に歓声があがった。どういう歓声なのか聞いてみると、京子が言った。

「三島さんのことだから、きっと、キコとつけるよ、って、みんなで話し合っていたの」。なるほど、その頃は丁度、秋篠宮紀子様のことが、連日新聞紙上を賑わしていた頃である。私も正直、紀子様の名前を頂いたようなものであった。そもそも、この柴犬に似た愛犬の正式名は、「秋芝の宮キコ様」であった。それにしても、私も「底が割れていた」とは情けない。・・・・

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毎日山へ連れ出すのだが、幾日かして奇妙なことに気づいた。山道を私の十メートルほど前を歩くのだが、こいつは、ほとんど十メートル歩くごとに、うしろを振り返ってみるのである。最初はあまり気づかなかったが、そんな「奇妙な癖」を持っていた。おかしな犬だなとしか最初は思っていなかったが、そのうち気づいた。こいつは元々捨てられた経験があるのだ。元の飼い主にどこかへ連れて行かれ、そのままおいてけぼりを経験しているのだ。その経験から、けして飼い主から離れず、少し歩くと振り返り、少し歩くと振り返り飼い主の存在を確認していたのだろう。そういう思いにさせられた。・・・・

それで、ちょっと意地悪な実験をしてみた。山の中でキコが前を歩いている時、杉の大木にひょいと、身を隠してみた。キコが振り返ると、そこに私の姿がない。キコは一目散にもと来た道を駆け戻った。そこにも私はいない。また戻って来た。そしてそこかしこ駆け回り私を捜しはじめた。そんな様子を見ながら、やはり、キコは誰かにこうして捨てられたことがあるのだと、その経験があるのだと、そのことが奴にの脳裏にトラウマのように焼き付いているのだと、私は確信した。これ以上あの気が狂ったように走り回る奴を見るに忍びなかった。・・・・・・

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杉の木の陰から、「キコ」と呼ぶと名前を呼ぶと走り寄ってきた。私の前にうずくまり、小さなうなり声をあげてないた。

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