イミタチオ・クリスティ

村の小さな教会

10月12日(火):私をマラ(苦しみ)と呼んで!!!

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ある時ベツレヒムに住むエリメレクという人が、妻ナオミと、息子のマロン、キリオンの三人を連れてモアブの地に移住した。彼らの国が飢饉に見舞われたからである。エリメレクはその地で死に、ナオミはナオミは二人の息子に妻を迎えた。ところが二人の息子もモアブの地で死に、ナオミは彼らの妻と共に残された。このときナオミは望郷の念が抑えがたく、ついにベツレヘムに帰ることにした。二人の嫁は共にモアブの女であった。彼女らが家に帰り、その地で再出発するように勧めた。しかし、ルツはルツはついに姑を離れることなく、ベツレヒムまでついてきたルツが貞淑のかがみとされるのはこの故である。・・・・・・

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久しくしてふるさとの地を踏んだナオミを人々は喜びを持って迎えた。しかし、ナオミは彼らに向かって言った。「わたしをナオミ(楽しみ)と呼ばず、マラ(苦しみ)と呼んでください。なぜなら全能者がわたしをひどく苦しめたからです。わたしは出て行った時は豊かでありましたが、主は私をから手で返されました。主がわたしを悩まし、全能者がわたしに災いをくだされたのに、どうしてわたしをナオミと呼ぶのですか」

夫に先立たれ、二人の息子を失い、天涯孤独のナオミにとって、その傷はいえ難く、その心は何をもってしても満たすことが出来なかった。モアブに移住したことに対する悔いもあったかも知れない。しかし、今となってはいかなる悔いも彼女の再生の望みとはなり得なかった。苦しみこそ我が名にふさわしいものであると嘆じたのも無理からぬことであった。・・・・・・・

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しかし、彼女の生涯は本当にマラの生涯であたのであろうか。決してそうではなかった。彼女の生涯もまた栄光の生涯であったのである。しかし、それは新約の時代に至って初めて解明される事柄であった。・・・・・・・

使徒パウロが『「しかり」がイエスにおいて実現されたのである。神の約束はことごとく、彼において「しかり」となったからである(コリントⅡ1:19~20)と語っている通りである。・・・・

私たちはその人生の途上において「我が名をマラと呼べ」と叫びたくなるようなときがある。終わることなく押し寄せる暗黒に打ちのめされそうになるとき、神が愛であるとすなおに口にできないことがある。人知れず眠れぬ夜をすごすとき、私たちの心は何をもってしてもいえがたく、失望の淵から容易に立ち上がることが出来ないことがある。・

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神が愛であるということは、私にとって諸事項都合に行っているから言われるのではない。イエス・キリストの故に言われている言葉なのである。私の人生も、あなたの人生も、あるいは今マラ(苦しみ)の様相を呈しているかも知れない。しかし、神は愛なのである。そして、そのゆえにあなたの人生も、私の人生も、ナオミの人生なのである。その事に気づくにまさる恵はない。榎本保朗牧師 一日一章 旧約より。

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ルツの家系はダビデへ、ダビデの家系はイエス・キリストへつながっていった。