イミタチオ・クリスティ

村の小さな教会

9月29日(木):IT文字と活字文字

IT文字に関する自分なりの理解:インターネットやスマホで使われる文字。

活字文字に関する自分なりの理解:主に紙に印字されたる文字。

ブログを書きはじめて二年半も過ぎた。この間、700余の記事を書いてきた。それがこの半年ばかりは、書かぬ日が多くなった。めぼしい材料が底をついたという事もあるが、ブログの記事についての読者の反応が、今一つわかりずらい。当初は、面白半分か一日に百件を超えるアクセスがあったものだが、ここ一年はポツリ、ポツリと読む人がいるだけである。誰が読んでくれたのか、コメントや、はてなブログをやっている人以外、不明である。ただ、おおよその見当はつく。ほぼ必ず読んでくれるのが、ユルリさん、それに榎本恵先生(?)。ともこさん、最近はヨーコちゃん。とまぁ~。そんな具合だが、さすがに前ほど力が入らない。・・・・・・・・・

それともう一つブログを書くことに情熱を失いかけている理由に、IT文字の問題がある。数か月も前に、ふと気がついたことであるが。「IT文字」は、読む人の記憶に残りにくいという事である。紙に印字された活字文字。要するに書籍、本を読むのと違ってどうしたわけか、IT文字で書かれた、インターネット上の文章は、読みにくいのと同時に、記憶に残らないことが、(自分の場合)はっきりしてきた。その一例として。FBで、徳田興一と言う人が毎日のように、膨大な投稿をしていた。2000字前後の文章で主に、偉人たちの金言を紹介していた。私もよく読ませていただいた、ほぼ三か月くらい毎日のように読んだ。しかし、今になって思うと、それらの書かれたものを、ほとんど記憶していないのである。私は自分では結構記憶力はいい方だと思っていても、どんな人物を取りあげたかは、おぼろげにわかるが、内容まではほとんど、忘れている。いい加減に読んだわけではない。私のパソコンは、細かい字なども読むことことができる、と言うより、その文章をクリックすると、女性アシスタントがその文章を読み上げてくれるシステムがついている(因みに、ウインドウーズ11にはこのシステムが導入されているようである)。そんなわけで、IT文字には、少なからず疑問を持っている。極言すれば、IT文字は、情報を伝えるのに大いに役に立つが、文章の真意をなかなか伝わらない、書く方は自分の考えを書くのだから問題はないが、受け手の方でどうしても、その真意や、洞察力が働きにくいというのが、事実のようである。・・・・・・

そんなこんなで、今、これまで書いてきた記事で、めぼしいものを、数十篇選んで、小冊子にまとめる作業をしている。(これまで、そうした文書をまとめたものを23部まで製本してきた)前から計画していたことだが、なかなか、はかどらない。パソコンも随分酷使したので、いろいろ不具合が出て来ている。Windows11に買い換える予定だが、設定の仕方であれこれ、考えあぐねている。ワード専用にするか、今のものと同じシステムにするか、どうしたもんじゃろねぇ~。・・・・・・・